1981年に起きた佐賀保険金替え玉事件といえば、その驚愕の展開に日本中が驚いた事件の一つですね。
というのも当初偽装殺人だと思われていた事件が、実は替え玉殺人だったことが後々判明するからです。
過去に地上波のテレビでも『火曜サスペンス劇場』や『金曜ドラマシアター』などで放送されていましたが、今回8月22日の【世界本当にあった㊙衝撃ファイル】でも放送されるようですね。
気になる保険金替え玉事件とはどんな内容で、どんなトリックが使われていたのか、、
また、加害者や共犯者の現在の状況から実名などについて、過去の事件を調査してみました!
佐賀保険金替え玉事件とは?日本中が驚いた事件概要をチェック!
佐賀保険金替え玉事件といえば、日本中が驚いた事件内容だったことでとても印象に残っている人が多いようですよね。
被害者は替え玉として使われた全くの別人だったという、、衝撃ですよね。
そんな佐賀県保険金替え玉事件とはいったいどんな事件なのか、まずはその事件概要からみていきましょう。
佐賀保険金替え玉事件の概要
佐賀保険金替え玉事件がいつ起きたのかというと、1981年の1月22日のことでした。
そんな1981年に佐賀県の海岸で水産会社の社長が殺害されているのが発見されました。
車に乗ったまま海に転落していたのですが、、
しかし警察はすぐに事故ではなく殺人事件と察して捜査を進めていたようです。
佐賀保険金替え玉事件の捜査が難航した理由は?
佐賀替え玉保険金殺人事件で捜査が難航していたのはなぜかというと、、
亡くなった被害者を水産会社の社長と思い込んで県警が捜査していたためのようです。
というのも、この事件は単なる殺人事件ではなく、被害者は全くの別人だったからなんですよね。
自動車に乗せられて転落死に見せかけられて殺害された人物は・・
実は競艇場にいた別の人物だったようなんです。
替え玉殺人はなぜ見抜かれなかった?
しかし被害者が全くの別人だったということで、、いったいなぜそんなことが起きたのか。
どうやら当初佐賀県警は二つのポイントから被害者を水産会社社長と決めつけていたようで、、
- 名刺がポケットから見つかった
- 社長の妻が夫の遺体だと認めた
この二点から、佐賀県警は被害者を水産会社の社長と断定して捜査をしていたようですが、、
当時社長の妻が、亡くなった遺体について自分の夫だと確認できたことが大きかったようです。
しかしこの亡くなった男性は社長ではなく全くの別人だったんですね。
なぜ事件が発覚したのか?
しかしなぜ被害者が別人で替え玉であることが発覚したのかというと、どうやら社長の愛人だった人物が逮捕されたことで明るみになったようです。
当時この水産会社の社長は社内の女性と愛人関係にあったようで、
その愛人が殺害について自白し、亡くなったのは社長ではなく別人だということが判明したようです。
実際に殺害されていたのは社長に背格好などがよく似ているというだけで選ばれた、競艇場にいた男性だったそうですから。
佐賀保険金替え玉事件の犯人は誰?加害者や共犯の実名も確認!
替え玉で別の人物が亡くなっていたことが判明した佐賀県保険金替え玉事件ですが、犯人はいったい誰なのでしょうか。
そして当初亡くなったとされた水産会社の社長はどこに消えたのか。
愛人と社長との関係や、なぜ妻が夫の遺体を間違えたのかなどの真相についても調べてみました。
佐賀保険金替え玉事件の犯人が明らかになるまでの経緯とは?
佐賀保険金替え玉事件の犯人はいったい誰なのか、、事件の全貌が明らかになったのはなんとその社長の奥さんが自供したことだったようです。
当初愛人だったT子が殺害を自供していたことで、社長の妻のK美も事情聴取を受けていたようで。
そこでついに妻のK美が社長の替え玉殺人についての全貌を明らかにしたようなんです。
佐賀保険金替え玉事件の真相とは!驚愕の関係と全貌が明らかに?
佐賀保険金替え玉事件の真相は、水産会社社長と愛人のT子、妻のK美という三人が計画した計画的な替え玉殺人事件だったんです。
というのも、もともとこの事件は水産会社の社長自らが実行した事件であり、それを愛人と妻が共犯として手助けしていたようですから。
社長にかけてある多額の保険金を受け取るために、替え玉の人物を社長にみせかけて殺害していたようなんです
佐賀保険金替え玉事件の犯人は誰?実名や現在の姿を確認!
佐賀保険金替え玉殺人の犯人はまさかの、当初被害者とされた社長だったということですが。
この水産会社の社長の実名についてはどうやら【酒井隆】という名前だったようですね。
しかしこの社長は妻のK美が犯行を自供したのち、すべてをさとり逃げられないと判断したのか、自ら国鉄新下関駅で飛び込み自殺してしまいます。
マスコミなどから情報が流出し、社長の耳に届いたのが原因とされていますが。
犯人の水産会社の社長の会社はどこ?現在の様子は?
犯人だったこの水産会社社長の会社はどこなのか、そして現在もあるのかなと気になったのですが。
情報でわかったのは当時の佐賀県肥前町(現在の唐津市)で起きた事件だったということです。
唐津市にあった水産加工会社だったようですが。
当時もともと社長の酒井隆は【酒井水産】という水産会社を経営していたようです。
しかし経営はうまくいかなかったようで、、
- 従業員が交通事故を起こし損害賠償
- 卸売市場への参加人資格の取り消し
- 冷夏による経営不振
これらにより当時の負債額で2億8000万円となっていたようですから。
このような状況で社長が亡くなっているので、2021年現在まで経営が続いているとは考えにくいですが。
佐賀保険金替え玉事件共犯の愛人や妻の実名や顔は?現在の姿も確認!
今回社長とともに共犯として逮捕されていたのが、愛人のT子と妻のK美。
当時の報道などをみると、どうやらこの愛人のT子の名前は中村豊子という人物だったようです。
そして妻のK美の実名は酒井清美だったことも報道で明らかになっていました。
事件当時の年齢はT子が43歳、K美が41歳でしたから、2021年現在だとふたりとも80歳を超えていることになります。
共犯のT子とK美のその後はどうなった?
水産会社社長が亡くなった後、共犯だったT子とK美にも判決が下されました。
主犯は社長自身だったこともあり、T子は懲役7年、K美は懲役4年になったようです。
つまり愛人のT子のほうが社長の替え玉殺人のパートナーとして選ばれていたようですから。。
佐賀保険金替え玉事件の被害者遺族の現在は?
佐賀保険金替え玉殺人事件で被害者となった人物とは誰だったのか、、
社長に背格好が似てるという理由だけで被害者となってしまったわけですから、、
その後から現在についてなども調べてみました。
佐賀保険金替え玉事件の被害者とは誰?実名や顔はある?
佐賀保険金替え玉事件の被害者となったのは森下隆基さんという人物だったようです。
若松競艇場でたまたま社長の酒井隆氏と知り合ったことで、被害者となってしまったようですから、、
顔についてはネット上で見当たらなかったのですが、どうやら仕事は大工をしていたようですね。
佐賀保険金替え玉事件の被害者遺族の現在は?
佐賀保険金替え玉殺人で被害者となった森下隆基さんですが、その遺族に関する情報はでていませんでした。
そして犯人である酒井隆氏が自ら亡くなったことで、永遠にその罪を背負わせることができないというのは。
佐賀保険金替え玉事件犯人の酒井隆の生い立ちとは?
ともともと酒井隆社長は福山通運株式会社で働く会社員だったそうです。
有限会社酒井水産という名前にし、鮮魚の仕入れ卸をしていたようですから。
ですが、その後従業員の交通事故や冷夏により借金が膨らむと、、
弟に生命保険をかけて車でひき殺そうと企てていたようですが失敗。
さらには実の兄についても同じくひき殺して生命保険を手に入れようとしていたようですから、、
ですが、そこを妻のK美が反対したことで、替え玉保険金殺人を思いついたようなんですよね。
お金に困って実の兄弟を殺害しようと考えていたようですから、、
佐賀保険金替え玉事件の過ちとは?佐賀県警の捜査ミスをチェック!
佐賀県警は当時仕事がさばけないということで『さばけんけい』とメディアから追及されていたこともあるようですが、、
今回佐賀保険金替え玉事件では、当初被害者をちゃんと特定していなかったというミスが大きな問題となりました。
さらに調べてみると、当時佐賀県警では捜査ミスが度々起きていたようで、、
警察が犯人を起訴できずに時効が成立してしまった案件もあるようで、
佐賀替え玉保険金殺人事件はテレビでも多く取り上げられている!
佐賀替え玉保険金殺人事件は日本中に衝撃を与えた事件として、多くのテレビで取り上げられていました。
やはり愛人との三角関係、社長の自殺、替え玉、保険金といったさまざまな要素が絡み合った事件ということで、
今でも過去の大きな事件として報道されていることがあるようです。
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