福岡中2いじめ自殺事件の加害者の現在や担任の今!実名やその後の暮らしとは?

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いじめを苦にした自殺事件の中でも、生徒を守るはずの担任がいじめの発端を作ったことや加担したことでも世間に大きな衝撃を与えた、福岡中2いじめ自殺事件。

担任がいじめに加担するなんてどんな状況下であったのか、多くの疑問が残ります。

しかし事件当時加害者だった人物も現在はすでに成人しています。

いったいどんな暮らしをしているのでしょうか。

今回は、加害者の生徒や担任の現在について、深く調査していこうと思います。

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福岡中2いじめ自殺事件の概要!担任が加担した悪質はいじめとは?

福岡中2いじめ自殺事件が起きたのはいつ?時代背景とは

事件が起こったのは、2006年10月11日です。

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1986年には中野富士見中学いじめ自殺事件、1994年には西尾市中学生いじめ自殺事件が起こりました。

しかしいじめのきっかけが元担任教師による生徒たちへの不適切な発言やいじめの加担だったこともあり、いじめが再び社会的に注目を浴びた事件となりました。

担任教師がいじめに加担するなんて、どうしてそんなことが起こってしまったのでしょうか。

いじめが起きた学校の場所はどこなのか?

福岡県朝倉郡筑前町の筑前町立三輪中学校で、事件は起こりました。自然も多く、広い敷地内に佇んだ落ち着いた中学校です。

田舎町の学校だからこそ、いじめの実態や担任教師が加担しても見付からなかったのでしょうか。

福岡中2いじめ自殺事件の概要!担任が加担した悪質ないじめとは?

被害者が中学1年生の時から、事件は始まりました。

被害者が自宅のインターネットで、ポルノサイトを閲覧したことを知った被害者の母親は、当時の担任教師に相談したといいます。

しかし、担任教師はその相談内容を給食の時間に、他の生徒に聞こえるように言ったのです。

それをきっかけに被害者は、「エロサイト病」という侮辱的なあだ名で呼ばれるようになりました。

担任がいじめに加担していた

担任教師が率先して被害者をからかい始めてから、他の生徒によるいじめは激しさを増し、クラス全体が被害者を無視するような空気が生まれたそうです。

自殺当時に被害者は、加害者に「今日死ぬっちゃ」「今日7時から8時の間に自殺する。倉庫で首を吊って自殺する」と発言したといいます。

また、友人のスケッチブックの裏に遺書を書き残しました。

6時間目が終わると、加害者たちは「お前本当に死ぬとか」と被害者を責め立て、「最後やけん見ようや」と被害者を羽交い締めにして、無理やりズボンを脱がそうとしたそうです。

事件の発覚と残された遺書とは

午後4時40分頃に下校した被害者は、途中まで一緒だった親友に「今までありがとう」と言いました。

遺族が被害者の異変に最初に気付いたのは、午後6時頃でした。

隣に住む祖母からの、「自転車があるんだけど見当たらない」という電話でした。

母親は自宅に戻りましたが、被害者が学校から帰り自宅に上がった様子はなく、いつも倉庫に入れるはずの自転車が何故か、倉庫の前に止めてあるのが見えたそうです。

祖父と倉庫を覗くと、学生服姿の被害者が、鴨居にビニール紐をかけて首を吊って自殺していました。

被害者は、家族に宛てて4通の遺書を残しました。

前述のスケッチブックの裏には、「お金はすべて学校に寄付します。うざい奴等はとりつきます。さようなら いじめが原因です。いたって本気です」と書いてありました。

制服の左ポケットには画用紙の裏に、

「See You again? 人生のフィナーレがきました さようなら さようなら さよ〜なら〜 生まれかわったらディープインパクトの子供で最強になりたいと思います」
 
「お父さん お母さん こんなだめ息子でごめん。今までありがとう」

と綴ってありました。

その後の学校側の対応とは

2006年10月14日には自宅で葬儀が営まれました。

この時に、1年時の担任だった教師の発言がいじめの発端である事実が明るみになります。

加害者たちは、葬儀中に笑いながら棺桶の中を携帯電話のカメラで撮ろうとしたり、「せいせいした」「別にあいつがおらんでも、何も変わらんもんね」などと発言していました。
 

2006年10月15日、三輪中学校の校長、教育長、学年主任が遺族宅を訪問しました。

学校側はいじめが「1年生時の担任にいじめを誘発する言動があった」として、被害者遺族に謝罪をします。

また、いじめが原因の自殺であることを認め、遺族に「因果関係があった」と説明し、元担任も遺族に「一生かけて償います」と詫びました。

対応を変えた学校側

しかし翌日、学校側の態度が一変します。

未明の記者会見で、「遺族への説明時には冷静さを欠いてしまい「因果関係がある」と説明してしまったが、もう一度考え直すと情報が少なく、より多くの情報を集めて分析してみないと因果関係についてはわからない」と釈明しました。

午前2時頃に校長と教頭は遺族宅を訪ね、「時間が経過しており、自殺と結びついているとは考えていない」と濁したそうです。

2006年10月19日には、校長、町教育委員会職員4人が遺族宅を訪問しました。

「教員の言葉遣いや態度など教員としての資質に課題があった点がある」

「教員の不適切な言動が生徒に精神的な苦痛を与え、周りの生徒に被害者に対する誤った見方を植え付けた可能性がある」

と釈明して、内容の曖昧さや不明瞭さに遺族は激怒したといいます。

被害者に卑劣ないじめを行い、葬儀中に人外な行為をしたことに対して、加害者たちを許すことはできません。しかし、元担任教師がそのいじめのきっかけを作っていたという事実にも衝撃ですし、学校側が隠蔽しようとしていたことにも驚きを隠せません。

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福岡中2いじめ自殺事件の加害者の実名や現在の様子もチェック!

加害者は誰?顔や実名とは

インターネット上では、加害者の顔写真は挙がっていないものの、実名は広まっています。

いじめには、1学年上の川波賢吾という人物が関わっていたそうです。

同級生では、主犯が元木一也で、江藤龍平、鄭純平、綱島明の4人と、被害者と同じバレーボール部の青木昇、前田翔の2人がいたとみられます。

2006年11月2日には、このいじめグループが他の生徒にもいじめを繰り返していることが明らかになります。

被害者が亡くなったことに対して罪悪感を憶えているなら、いじめを繰り返すことはしないはずです。更生するのは難しいのではないかと、思わざるを得ないです。

加害者の動機は何だったのか

自殺から3日目に、被害者をいじめていた加害者の内3人が遺族宅に謝罪に来たそうです。

加害者は「1年の時、担任だった先生が(被害者をいじめる言葉を)言っていたから、自分たちもいいと思った」と言ったそうです。
 

元担任教師は、被害者に対して「偽善者になれない偽善者」と言ったり、2年担任への申し送りで「嘘をつく子だ」と言っていました。

中学生は、先生の指導を鵜呑みにしてしまう程未熟です。担任教師が不適切な発言をすることにより、加害者たちは善悪の判断が付かなくなってしまったのでしょうか。

福岡中2いじめ自殺事件に下された判決

2007年2月19日、福岡県警は被害者の自殺当日にトイレにていじめを行った同級生5人の内3人を暴力行為法違反容疑で福岡地裁に書類送検しました。

県警は、自殺との因果関係を断定せず、またこの5人がいじめの中心メンバーではなかったことを指摘しました。2人は13歳だったため児童相談所に送致されました。

2007年6月18日、家庭裁判所に送致された3人には少年審判が開かれ、「悪ふざけの範囲を越えた許しがたい行為である」と言われた上で、被害者の遺族が「処分を求めるものではなく、更生を願っている」という意見が加味されて、不処分となりました。

被害者遺族のご厚意により加害者は不処分となりましたが、更生できるかは加害者たち次第です。この事件で反省をして、更生することを願います。

加害者の現在やその後の暮らしとは

加害者ですが、前述の通り被害者をトイレでいじめた3人は遺族宅に謝罪に来ていますが、葬儀で被害者の遺体を弄ぶようなことをしたり、人の道を外れた発言をするなど、更生の一途を辿っているようには思えません。

加えて、被害者が亡くなった後も別の生徒をいじめるなど、人が亡くなっているのにも関わらず懲りた様子がありません。
 

加害者の両親は、揃って今回の事件について、「うちの子は「いじめをしたとは思っていない」と言っているんです。

「あれで死ぬのかよ」というんですが…という信じられない発言をしていました。

そのように他人事のように話す両親の元では、まず更生は難しいと思います。

インターネット上では、別の相手を見付けていじめをしている可能性が高い、という意見も多かったです。

また、加害者グループの保護者の1人はある運動団体の方だそうで、「もみ消しに成功した」とほくそ笑んでいる可能性もあるそうです。
 

加害者たちは、自分たちが原因で人を殺してしまったことを自覚して、また加害者の両親もそのことを加害者に伝えないと更生への道は険しいと思います。

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福岡中2いじめ自殺事件の被害者は誰?実名から現在の遺族も確認

福岡中2いじめ自殺事件の被害者は誰?実名や顔とは

引用:シェアチューブ

被害者は、当時13歳の森啓祐さんです。両親と2人の弟と暮らしていました。

隣には祖父母も住んでいたといいます。

小学校1年生からバレーボールに励み勉強もでき、いじめが起こる前まではクラスの人気者だったそうです。
 

2007年2月10日に都内で開かれたシンポジウム、「生まれてきてくれた命たちへ」に被害者の母親が出席して、初めて被害者の実名や写真を公表しました。

被害者はごく普通の少年で、元担任教師の不適切な発言がなかったら今も幸せに生きていたと思うと、本当に辛い気持ちです。

遺族の現在とは

2019年には、被害者の父親が取材を受けています。

父親は怒りを露わにして、

「自殺から3日目に、いじめていた少年3人が謝罪に来ました。少年たちから「1年の時、担任だった先生が(被害者をいじめる言葉を)言っていたから、自分たちもいいと思った」と聞き、驚きました。自殺したいじめのきっかけを元担任が作った…。そんなことが本当にあるんですか?そうだとしたら、担任に殺されたようなものです」
 

と語っていたそうです。

被害者の遺族は、加害者も元担任教師も一生許すことはできないと思います。

福岡中2いじめ自殺事件が世間に与えた影響

いじめのきっかけが元担任教師による生徒たちに対する不適切な言動だったことが調べてわかり、いじめが再び社会的に注目を浴びました。

前述の通り、2007年2月10日には、都内で「生まれてきてくれた命たちへ」というシンポジウムが開かれています。

元担任教師がいじめに加担するという、例を見ない事件に世間に与えた影響も大きいのでしょう。

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福岡中2いじめ自殺事件の担任の現在!実名やその後の様子

担任の実名や顔とは?どんな人物だったのか

元担任教師の名前は、田村伸一です。雑誌にて、実名や顔写真が公開されました。

被害者への暴言だけでなく、女子生徒と「君は太っているから豚だ」と言ったり、生徒の試験の成績をイチゴの品種に例えて呼んでいたそうです。
 

「(県特産の高価な)とよのか(非常に良い生徒)」

「あまおう(良い生徒)」

「とちおとめ(ジャムにならない悪い生徒)」

「出荷できない(非常に悪い生徒)」

などとランク分けをして、保護者から中止を求められました。

教師という立場で、生徒に不適切な発言をしたり差別をするなんて考えられないですし、教育者失格だと思います。

担任の現在やその後の暮らしとは

事件後には元担任教師は、遺族に「一生償います」と謝罪をしていました。

しかし、2019年の取材では、あまりにも責任を感じていない発言をしているのです。

元担任教師は、事件後に体調を崩して入退院をして休職をしています。

退院後に遺族へ謝罪したか聞かれると、

「(血走った目で怒ったように)いま病休中なのにどうして行かれますか。復職したら行ってみたいとは思っていますが、今行っても大きな溝があるだけで…。」

と答えたそうです。

元担任教師のいじめが他の生徒のいじめを誘発した件に関しては、

「私が担任だったのは1年生の時だけです。あれから1年5ヶ月後に亡くなっているんですよ。どうして私だけが悪者になるのか

と言っていたそうです。

あれだけのことをして、元担任教師が被害者遺族を殺害したようなものなのに、自分だけが悪者になることに疑問を抱いているなんて、不思議でなりません。

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