愛知県西尾市中学生いじめ事件の加害者の現在!被害者遺族の今とは?

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いじめを苦に自殺をした、愛知県西尾市中学生いじめ事件は、いじめという問題に対して、また教育現場の在り方や子どもの心のケアについて、深く考えさせられる事件でした。

教育現場ではもちろんですが、家庭での子どものケアが1番大事であることも実感しました。

その事件の加害者の非人道的ないじめに対して憤りを憶える一方で、被害者の死によって、社会に広くいじめの撲滅運動が盛んになりました。

今回はそんな愛知県西尾市で起きた中学生いじめ事件について、その後や現在についてまとめてみました。

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愛知県西尾市中学生いじめ事件の概要!社会的に影響を与えた事件とは?

愛知県西尾市中学生いじめ事件はいつ発覚したのか

1994年11月27日に事件は起きましたが、いじめの事実が発覚したのは同年の12月2日です。

被害者の兄が11月30日の葬儀の翌日に、被害者の机の引き出しから遺書を発見したことがきっかけでした。
 

いじめを受けていたことを誰にも相談できず1人で追い込まれていた被害者のことを思うと、本当に辛いです。

愛知県西尾市中学生いじめ事件の起きた学校はどこ?

愛知県の西尾市立東部中学校で、いじめは起きました。

しかし自殺の翌日、学校は教育委員会に「突然死」と報告したと言います。

また校長は全校集会で、「軽々しく人に話さないように」と生徒に口止めをして、生徒全員にこの事件を受けての作文を書かせました。
 

そして報道陣には、「いじめの事実は出てこない」と話していたそうです。

いじめの事実をひた隠しにする学校側について、疑念しか湧きません。ひと1人亡くなっていることに対して、責任逃れをしようなんて許されることではないと思います。

愛知県西尾市中学生いじめ事件の事件概要!

1992年小学6年生の時に、主犯格の2人から被害者へのいじめは始まりました。

1993年中学1年生の2学期の頃、被害者は学校で鞄を隠されました。

顔に痣をつけて帰宅したり、自転車の泥除けを壊されたり、前カゴの針金を切られたりもしました。
 

自転車店の店主は、度重なる修理を不審に思い、学校に情報を伝えています。しかし、被害者本人がいじめと認めなかったことで、学校は対処に動くことはありませんでした。

この頃より、現金数百円から数千円を恐喝されるようになりました。

エスカレートしていったいじめ内容

1994年中学2年生の時、主犯格から授業中の挙手が禁止され、教師からの評価が下がっていきました。

学年で10番以内だった成績も落ち始め、表情は暗く落ち着きもなくなっていったといいます。

担任は、「被害者が問題の多い子たちと一緒にいるので、強い意志で断れば良い」と言って対応をしなかったそうです。

養護教諭は、被害者が「視点が定まらなかったり、体の揺れが止まらなかったことがあった」として心理テストの実施をしました。
 

テスト結果に懸念を抱いたため、カウンセリングを受けるように勧めますが、被害者の叔母に反対されて受けられませんでした。

校内でのいじめは加速していき、毎日殴られたり、使いパシリにされたり、女子トイレに入らされることもあったそうです。また、女子生徒の前で自慰行為を強制するという、非人道的なこともありました。

他の生徒から見えないところでも、いじめはエスカレートしていきました。

被害者への金銭の要求は、1度につき万単位で要求され始めます。

父親が、祖母の財布からお金が消えたことを被害者に問い詰めると、「ゲームで使った」と答えたそうです。
 

正座をして涙を流す被害者に、平手打ちをして蹴ったといいます。

「人の金を取るのは犯罪だ。施設に行け」と叱りました。

被害者は、「施設に行ってもいい」と答えたそうです。

後の遺書から、「そっちの方が幸せだと思ったから」と語っています。

被害者が一番恐れていたいじめ内容とは

加害者は被害者宅に遊びに行き、金品の窃盗もしたそうです。

また、被害者に別の同級生の家に金品や自転車を盗みに入らせたこともありました。

そして被害者に最も恐怖を与えたいじめが、川で顔面を無理やり水の中に浸けられるものでした。
 

川の中で足をかけられて息ができず、力ずくで押さえつけられる程のものでした。それ以降、被害者は加害者に逆らうことはできないと、悟ったといいます。

11月30日の葬儀の翌日に、自室の机から「いじめられてお金をとられた」という趣旨の遺書が見つかり、いじめが発覚しました。

その矢先の12月13日には、愛知県岡崎市福岡中学校でもいじめによる自殺事件が発生しました。

入学直後からいじめを受けていた1年生の男子生徒が、父親の経営する工場で首つり自殺をしているのが発見されました。
 
1995年に、東部中学校の生徒は自主的に「ハートコンタクト」という組織を結成しました。
 
2019年時点のメンバーは1~3年生約50人。毎月10日などゼロの付く日に集まって、いじめの根絶に向けて活動を行い、命日近くに開かれる集会の内容を考えているそうです。
 
2019年11月14日に行われた集会には、被害者の父親が参加して講演を行いました。
 

加害者が被害者にしたことは、精神が未熟だからといって許せれるレベルを越えた、残虐ないじめだと思います。面白半分で行っていたことに激しい憤りを感じるとともに、被害者が受けた苦痛は言い表せないです。

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愛知県西尾市中学生いじめ事件の加害者の現在!動機や実名なども調査

愛知県西尾市中学生いじめ事件の加害者は誰?顔や実名もチェック!

加害者は11人もいました。その内主犯格は4人で、元々は被害者と小学生からの遊び仲間だったようです。

主犯格の4人の実名はそれぞれ、神谷卓磨、三崎文哉、船村直人、野口智也です。
 

当時中学生だった加害者なだけに、プライバシーを配慮して大々的には個人情報は発表されていませんが、加害者がしたことは紛れもない殺人です。

実名や顔などは、報道されて良いのではないでしょうか。

愛知県西尾市中学生いじめ事件の加害者の動機はなんだったのか

被害者と加害者は、小学5、6年生の頃は仲の良い遊び仲間だったようです。

6年生の時に、主犯格の2人と被害者が決闘をして、被害者が1番弱かったことからいじめが始まったそうです。
 

加害者はいじめの理由を、「面白かったから」「楽しかったから」と後に答えたそうです。

恐喝でお金を奪っていたことに対しては、「お金をとっている内に感覚が麻痺して躊躇いが消えた」と話していました。

こんなに些細な理由から、残虐ないじめに発展してしまうなんて、本当に加害者の思考回路が理解できません。また、集団心理も働いた軽率な行為というには、あまりにも酷い殺人事件だと思います。

愛知県西尾市中学生いじめ事件に下された判決とその後

1995年2月10日、愛知県警と西尾署は加害者11人の内主犯格4人を恐喝容疑で書類送検しました。

1995年4月4日には、名古屋家庭裁判所岡崎支部で主犯格4人の内、3人を初等少年院に、残る1人を教護院という現在の児童自立支援施設に送致する保護処分としました。

そして中学校の教師5人が処分となり、校長は新年度より異動となりました。

こんなに残虐ないじめをしておいて保護処分となった、加害者たちの判決には納得がいきません。また、いじめの事実を校内だけで隠蔽しようとした校長の処分にも疑問が残ります。

愛知県西尾市中学生いじめ事件の加害者の現在の姿とは

事件当時未成年だったこともあり、加害者の現在の情報は見付かりません。

しかし、主犯格の加害者は少年院出所後に定時制の高校に入学したそうです。卒業後は社会復帰をしていると思われます。

主犯格の一人である神谷卓磨についてはネット上の情報をみると大学を出て、大手メーカーに就職したなんていう情報もありました。
 
 
他の加害者も刑務所や施設で暮らしているというわけではなく、普通の生活をしているものと思われます。

事件直後には、毎週毎週被害者の父親が主犯格4人を家に招き、「何をやったのか」詳しく聞いたそうです。
 

今でも、命日には被害者の遺影に手を合わせに訪れるそうですが。

加害者と向き合った父親は、本当にすごいと思います。

加害者が行ったことは永遠に許されることはありませんが、自分たちが殺人を行ったということを決して忘れずに、向き合うことを願います。

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愛知県西尾市中学生いじめ事件の被害者は誰?父親や遺族も調査

愛知県西尾市中学生いじめ事件の被害者は誰?顔や実名とは

被害者の実名は、大河内清輝さんです。報道でも、顔写真が載っていました。

今でも、週刊誌などに載ることもあるそうです。

加害者が未成年の場合、個人情報はあまり報道されないのに、被害者は未成年であれ容赦なく報道されるのは、おかしいと思います。

被害者遺族にもっと配慮することはできなかったのでしょうか。

愛知県西尾市中学生いじめ事件の父親について

被害者の父親はいつまでも癒えることのない深い悲しみを抱えながら、被害者と同じようにいじめに苦しむ子どもたちとの交流を持つことになりました。

きっかけは、事件の直後に相次いだ中学生の自殺でした。

隣町の愛知県岡崎市と福島県で、2人の少年が被害者の後を追うように亡くなりました。

これ以上悲劇を繰り返さないために、父親は全国の子どもたちにメッセージを発表し、自宅の住所を公開して手紙を募りました。
 

その反響は予想を越えるもので、いじめに苦しんでいる子どもから、被害者遺族への励ましの言葉など、日本全国から1,000通以上の手紙が届いたそうです。

父親はその一人一人と手紙を通して向き合い、時には自宅に来た子どもと向き合うこともあったそうです。

また父親は、被害者が亡くなった翌年から講演活動を続けています。

依頼があれば会社を休んででも出向き、その数は50回を越えました。

講演は当初、息子を亡くした父親としての体験談が中心でした。

しかし、10年以上経ってからは、いじめに苦しむ全国の子どもたちと付き合ってきた思いを強く語るようになっています。
 

息子を亡くしたショックで、普通ならば塞ぎ込んでしまう方が多いと思います。

そんな中、いじめに苦しんでいる子どもたちが被害者のようにならないように活動するなんて、並大抵ではできないと思います。被害者の父親を心から尊敬しますし、そんな父親の姿を被害者が見てくれていたらと思います。

愛知県西尾市中学生いじめ事件の母親や遺族の現在について

事件後には、心無い同級生の親たちから遺族を避難する声が挙がったといいます。

「騒いだことで地域に泥を塗った」

「受験で不利になった」

「東部中の推薦枠が心配」

など、神経を疑うような声が多かったそうです。また匿名の男性からは自宅に、

「いつまで学校に文句を言っているんだ」

と電話がかかってきたそうです。

事件の13年後には、被害者の兄が自殺していたことも明らかになっています。確定的なことはわかりませんが、被害者の遺書を発見したのが兄であったこともあり、10代で過酷な経験をして双極性障害を患ったとも言われています。

2019年には、遺族のその後の姿を見つめた、NHKのドキュメンタリー番組も放送されました。今では、母親も父親の活動を支援しているそうです。

自分のことしか考えていない心無い同級生の親たちの存在は、本当に辛いです。

また、被害者の自死はお兄さんの心にも大きな傷を残したのだと、改めて感じました。

人の死はその人だけのものではなく、遺族にも大きな爪痕を残します。この愛知県西尾市中学生いじめ事件を通して、多くの方がいじめについて深く考えることができるのを願うとともに、被害者のご冥福を心よりお祈り致します。

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