佐世保小6女児同級生殺害事件の加害者の現在とは?顔や実名から被害者遺族の今に迫る!

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学校内で、小学生が同級生を殺害した佐世保小6女児同級生殺害事件。

現代社会の課題となっているインターネットによる誹謗中傷や、暴力描写のある作品による影響が原因の1つとなりました。

小学校が殺害現場になったこと、凄惨な事件により、世間に多くの衝撃を与えたのも、記憶に新しいです。

そんな佐世保小学校で起きた同級生殺害事件について、加害者や被害者の今に迫ってみました。

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佐世保小6女児同級生殺害事件の概要とは?注目を浴びた理由を調査!

佐世保小6女児同級生殺害事件はいつ起きた?

2004年6月1日12時30分前後、事件は起きました。現場は小学校で、ちょうど給食が始まる前だったようです。

2004年6月といえば巨人に所属していた清原選手が2000本安打を達成したり、タレントの田代まさしさんが杉並区で人身事故を起こして書類送検されていたことなどが話題になったときですが。

小学生の女の子が同級生を殺害するなんて、どうしてこんなことをしたのでしょうか。

佐世保小6女児同級生殺害事件の現場となった小学校はどこ?

長崎県佐世保市の弓張岳の中腹にある市立大久保小学校が、殺害現場です。3階の学習ルームでの犯行だったようです。

住所でいうと長崎県佐世保市東大久保町9−10ですね。

小学校で起きた殺人事件、どうして誰も気付かなかったのでしょう。止めることはできなかったのでしょうか。

佐世保小6女児同級生殺害事件の概要とは

事件当日午前中の授業が終わり給食の準備中に事件は起こりました。

加害女児が被害者を6年生の教室から約50m離れた3階の学習ルームに、「ちょっとおいで」と言って呼び出しました。

そこで、部屋のカーテンを閉めて、被害者を椅子に座らせたといいます。

手で目を隠し、背後から首と左手を切りつけました。

被害者は椅子から立ち上がり、両手を振って抵抗しましたが、加害女児は何度も切り付けたそうです。

被害者の首の傷の深さは約10cmにも及び、長さは約10cmだったようです。左手の甲には、骨が見える程深い傷である防御創があったそうです。

被害者が倒れた後、加害女児はすぐには現場を離れませんでした

。教室に戻るまでの15分間、ハンカチで手についた返り血を拭き、被害者の顔を覗き込んだり触ったりして、動かないことを確認したそうです。

事件発覚までの経緯とは?

給食の開始時に、加害女児と被害者がいないことに、担任が気付きました。

その直後に、廊下を誰かが走ってくる音が聞こえ、入口に加害女児が返り血を浴びた状態で佇んでいたそうです。

加害女児はカッターナイフと血のついたハンカチを握っていたため、担任はカッターナイフを取り上げました。

担任が事情を尋ねると、「私の血じゃない、私じゃない」と呟き、学習ルームの方を指さしたそうです。

担任が現場に駆け付けると、被害者が倒れているのを視認しました。学習ルームには血が飛び散り、入口には折れたカッターナイフの刃が落ちていたそうです。

その時には、被害者にまだ息があったようで、担任は止血を試みながら人を呼ぶために叫びました。

声を聞きつけた先生が駆け付け、教頭に報告。教頭が119番通報したそうです。

事件発覚後から報道までの流れ!世間に与えた影響とは?

救急車が到着しましたが、救急隊員は病院への搬送を断念し、佐世保警察署に連絡しました。

殺害事件を目撃した被害者家族、学校関係者、救急隊員は、心的外傷後ストレス障害を起こした方も多く、惨事ストレスやサバイバーズギルトの兆候が出たそうです。

ただでさえ凄惨の現場に加え、小学校で小学生が同級生を殺害するということは、本当に多くの人に衝撃を与えることになったと思いました。

佐世保小6女児同級生殺害事件の当時の報道や世間の反応

被害者の父親が毎日新聞佐世保支局長だったこともあり、当日の内に記者会見が開かれました。

事件報道について、「(娘である被害者の)名前や写真が出ると、事件を突きつけられるよう」「勝手なことなのですが、「もう名前や写真を出さなくてもニュースや記事として成り立つのでは」と思ってしまいます」とコメントをしました。

また事件の翌日に、佐世保児童相談所の所長と長崎県教育委員会の教育長が記者会見を開いたそうです。
 
「面談の印象で言うと、ごく普通の女の子。我々と会話もでき、ごく普通の家庭に育っている。このギャップに驚いています」と切り出しました。
 
 
また、「事件当日は緊張と不安が残っていました。両手で顔を覆ったり、泣きながら話したり」「本人は問題なく育っている。成績もよく、頑張り屋だった」と両親からの聴取も踏まれて話しました。
 
しかし少女の印象については、「思ったことを、上手く表現できていない子。困ってもはっきり「ノー」と言えないような感じです」とも付け加えました。
 

インターネット上の掲示板で被害者に嫌なことを書き込まれて、止めてほしいという伝え揉めたことも明かされました。

ごく普通の女の子が起こした犯行。益々、理由がわかりません。加害女児が被害者と揉めていたことは確かですが、殺害までしてしまったのはどうしてでしょうか。

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佐世保小6女児同級生殺害事件の犯人は誰?加害者の実名や動機を確認!

佐世保小6女児同級生殺害事件の犯人は誰?実名や当時の顔とは?

加害女児の実名は、当時11歳だった辻菜摘さんです。顔写真も、公開されています。加害女児の家庭は、祖母と両親、姉の5人暮らしでした。

生命保険会社のサラリーマンをしていた父親が1995年頃に脳梗塞で倒れて、一時期寝たきり状態でしたが、母親がパートに出て家計を支えました。

その後リハビリの末に社会復帰をした父親が、自宅で保険代理店を営みながらおしぼりの配達アルバイトに励んだそうです。

加害女児は真面目で遅刻はなく、授業にも積極的であったそうです。友人を家に呼んだり、友人宅を訪問してゲームで遊ぶことも多かったそうです。

加害女児の評判は良かったですが、小学5年生の終わり頃から精神的に不安定になってきたといいます。

その頃ちょうど、以前からやっていたミニバスケットボールチームを辞めたことにより、インターネットが自分の居場所となったそうです。
 
友人を殴ったり、頭を壁に打ち付けるなどの行動がみられるようになり、1人で席にいることが多くなりました。

父親の病気はありましたが、どこにでもいるようなごく普通の家庭のように思います。

しかし、小学5年生の時に転機が訪れたようです。加害女児が犯行に及んだ背景は、謎が深まるばかりです。

佐世保小6女児同級生殺害事件の加害者の動機とは何だったのか

動機は小学6年生の5月下旬頃、遊びで被害者が加害女児をおんぶした時に、加害女児に向かって

「重い」

と言ったようで、それに対して加害女児は

「失礼しちゃうわ」

と言ったそうです。

その発言から、被害者が自分のウェブサイトに「言い方がぶりっ子だ」と書きました。
 
それを見た加害女児は、被害者のウェブサイトに侵入して、その記述を削除しました。
 
しかしその後、同様の書き込みをされたため、加害女児は被害者に殺意を抱いたそうです。
 
また同様に5月頃に、加害女児と被害者の他数人で回していた交換日記を巡って、トラブルが起きたそうです。
 
加害女児が使っていた表現を他の参加者が真似したところ、加害女児が怒りその表現を使用するのを止めるように言いました。
 
しかし、そのことに対して被害者が反論したことによって、加害女児と被害者の決裂は決定的なものになりました。
この頃より、被害者が加害女児の容姿や性格についての悪口を、ウェブサイトに書き込むようになったそうです。

加害女児は後の供述で「掲示板に嫌なことを書かれ、止めてほしいと言ったが、止めてもらえず、嫌になった」と話していました。

「事件数日前に、”この世からいなくなってしまえ”と思った」

と話していたそうです。

小学生の些細な喧嘩のように見えますし、普通ならば仲直りをしたり仲違いで済みますが、殺人事件に発展してしまうなんて、こんなに恐ろしいことはないです。

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佐世保小6女児同級生殺害事件の加害者の現在とは?顔や職業を調査

佐世保小6女児同級生殺害事件の加害者の現在の職業は?

加害女児は、国立きぬ川学院に送致されました。他の入居者とは別の専用棟で暮らしていたそうです。

問題を起こすことも、反抗的な態度を見せることもなかったそうです。

入所当初の頃は加害女児が集団生活をすることはなく、専用棟で矯正教育や精神科医、臨床心理士による様々な心理検査が行われるのみで、徐々に集団生活に移行していったそうで

2005年3月には、施設内の分校であるさくら市立氏家小学校で卒業式を迎えました。

2008年には施設内の中学校を卒業して、児童自立支援施設を退所して社会復帰しました。

国立きぬ川学院退所後の加害女児については、社会復帰を阻害する要因を取り除くとの名目により、一切の個人情報が隠匿されているようです。

未成年であり当時小学生の犯罪ですが、それによって一生が絶たれてしまった被害者がいます。加害女児のプライバシーのみを守ることが、必要なのでしょうか。

佐世保小6女児同級生殺害事件の加害者の現在の顔や情報

加害女児とは、被害者遺族も連絡が付かない状態だそうです。

事件後は、犯行に対して後悔を述べ、被害者に謝罪したいと語っていたそうですが

国立きぬ川学院入所中に遺族へ謝罪の手紙を書いたことは1度もなければ、退所後も謝罪に訪れたことは現在に至るまで1度もないそうです。

インターネット上では、支援者の養子となり名字が変わったり、結婚して子どもがいるとも噂されています。

更生して現在は普通の社会生活を送っているとしても、1度してしまった殺人という過ちは消えることはありません。どうか、被害者遺族に謝罪をしてほしいと願うばかりです。

佐世保小6女児同級生殺害事件の加害者の父親や母親の現在

この事件は、当然ながら加害女児の家族の人生にも大きな影響を及ぼしました。姉は通っていた高校を中退して、両親は離婚したかまではわかりませんが、別居状態となってしまったようです。

母親と祖母と姉は、加害女児が入所していた国立きぬ川学院のある栃木県に引っ越したとの噂がありました。

父親は、事件後もしばらくは佐世保市内で暮らし続けていたようですが、現在はその消息を知る人はいません。

未成年であれ、人を殺害するということは、自分自身の家族にも影響を与えます。未成年だからといって守られることはあれど、家族は守られないのだと、強く思いました。

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佐世保小6女児同級生殺害事件の被害者遺族の現在とは?

佐世保小6女児同級生殺害事件の被害者は誰?

事件の被害者は、加害女児のクラスメイトの御手洗怜美さんです。

被害者の家庭は、前述の通り毎日新聞社佐世保支局長を務める父親、御手洗恭二さんと2人の兄がいます。

母親は2001年頃に病死していたそうで、父親が子どもたちの面倒を見ていました。

被害者は、加害女児と同じミニバスケットボールチームに入っていたそうです。

加害女児は被害者遺族とも親しく、よく家に遊びに来ていました。

事件の2日前の運動会でも、ビデオカメラを回していた被害者の兄に、加害女児がニコニコしながらちょっかいをかけたそうです。

こんなに、被害者遺族とも仲が良かったのに、どうしてそんな遺族を悲しませることをしたのか、不思議でなりません。

佐世保小6女児同級生殺害事件の被害者遺族の現在

この事件により、当然ながら被害者遺族の心はボロボロになっています。

父親である御手洗恭二さんは、事件後に佐世保を離れて福岡に転勤となりましたが、娘が抱えていたトラブルに気が付かなかったことに自責の念を抱き続けているそうです。

同居していた次男が自殺を危惧する程、思い詰めていた時期もありました。

また、被害者より加害女児とのトラブルの相談を受けていた次男も、「あの時自分がもっと積極的に動いていれば妹を助けられたかもしれない」と、後悔しています。

2005年より高校に進学した次男でしたが、妹に対する罪悪感から心身に異常をきたし、保健室登校を余儀なくされました。

また、出席日数が足りなくなる程の留年の危機もあったようです。

この事件で負ってしまった傷は現在まで癒えておらず、妹に対する申し訳なさから結婚などもしていないと言われています。

加害女児が更生して被害者遺族に謝罪しても、被害者は帰ってきませんし、被害者遺族の傷が癒えるわけでもありません。

しかし、せめて本人の口から謝罪をするべきだと思います。

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